学校を休みがちだった私が嫌われているクラスメイトに、消しゴムを貸した結果……
三十代も見えてくると自然と友達は減っていく。
結婚、仕事、病気……
理由は様々だけど、若い時みたいにみたいにずっと遊んでいる人は少なくなっていく。
だけど、不思議な縁で友達を続けている人もいる。
今回はそんな友人の話。
(特定回避のため、見た目と時期を変えています、それにより過去の記事と矛盾が起きていますが変更の為なのでご理解ください)
消しゴムでつながる線
当時、学校を休みがちで内気な私には友達がいなかった。
運動会の時は隠れてご飯を食べて、休み時間も一人で過ごしていた。
それはそれで気楽だったし友達が居た時期も少なかったから特別苦しいとは思わなかった。
そんな私に初めて友達ができた瞬間がある。
当時、私のクラスは非常に微妙な雰囲気だった。
いくつものグループができていて、険悪な状態というわけでもないがお互いに必要以上接しちゃいけない感じ。
当時の状況を表すものとして、忘れ物をしても別のグループの人から借りちゃいけないという謎ルールがあった。
ただ、私はどのグループにも入ってなかった。
だから、だれにでもモノを貸せたけど誰からもモノを貸してもらうことはない。
「歩く筆箱」これが当時の私のあだ名。
その経験で惨めな思いをしたので、学期が始まってすぐにモノを貸すことを辞めた。
そんな私が自ら消しゴムを貸したことがある。
確か、国語の作文の授業の時。
隣の女の子がシャーペンの後ろの消しゴムが無くなりそうなのにずっとそれを使っていた。
動作が大きく、焦っているのが横眼で見ても分かる。
その隣の女の子「h」。
hは、どのグループにも属していない子。
いつも同じワイシャツとスカートを履いていて、不思議がられていた。
ただ、服装以上に目立っていたのは彼女の言動。
性格は気が強くて曲がったことが嫌いなタイプ、幾度となくグループと揉めていてかなり注目されていた。
ただ注目のされ方が悪かったのか、クラスの大半から顰蹙を買っていた。
結果として、その子もハブられていた。
だからか、困ってるのに誰も助けようとしない。
その子も自分から助けを求めようとしていなかった。
それを見た私は、彼女が暗い表情で必死になって消しゴムで消しているのを見ていると、なんとなくかわいそうに思った。
どうしてそう思ったのかは分からない。
でも黙ってみてるのは良くないと判断した。
だから、2つ持っていたうちの1つ消しゴムを無言で差し出した。
すると、彼女は驚いたのかギョッとしながらこちらを見た。
ただ、受け取ろうとはしない。
しばらく待っても消しゴムを受け取ろうとしないので、机の上にコロンと消しゴムを落とした。
その後、私は作文を作りながらその子の様子を横目で伺うと、普通に消しゴムを使っている。
変わった点は、暗かった表情はどこか明るい表情になっていることぐらい。
作文の授業が終わり、その子が話しかけてきた。
「タンナ君!これ、ありがとう」。
「どういたしまして……でも、まだ授業あるでしょ?今日一日使っていいよ」。
そう言って私は廊下へと出た。
もちろん用事はない、ただ話しかけられたのが恥ずかしかったから逃亡した。
次の授業も彼女は消しゴムを使っていたが、時折消しゴムのケースを外して眺めているのに気が付いた。
その消しゴムは当時一部の子供に流行っていたキャラクターの絵が使われているもの。
もしかしたら、あの子もキャラクターが好きなのかな。
消しゴムを貸して以降、私の頭の中に彼女のことを想う場所ができた。
その日が終わって、貸し借りの縁も終わり。
それが失われるのが悲しかった。
放課後、hが話しかけてきた。
「タンナ君、消しゴムありがとう!返すよ!」
「……うん」
「ホントに助かった~!マジで今日一日過ごせたのはタンナ君のおかげだよ!」
「……」
「あれ?どうしたの?」
私は返す言葉を失っていた。
何か返事をしたら、その瞬間に会話が終わりそうだったから。
もちろん、普段ならそそくさと話すのを辞めて帰るところ。
でも、その日の私はどうかしていたのか会話を継続した。
「えっと……また忘れると悪いから……机の中に入れておきなよ」
「え~!ホントに!アタシうっかり屋さんだから本当に助かるよ!」
「筆記用具ならたくさんあるから……、じゃあね」
「うん!バイバーイ!!」
彼女は手を振りながら颯爽と帰路についた。
一方、私はその場に取り残されて震えていた。
実際には会話の最初から震えていたのだが、緊張で分からなかった。
私は、消しゴムで出来た縁が断ち切れるのが嫌で無理やり貸し続けることで延命を図った。
そんな下心を隠しながら、話すなんて人生初めてのこと。
文章ではわかると思うけど、きっと足と手が震えていたから何言ってるか聞き取りずらかったと思う。
それほど緊張していた。
ただ、それ以上に、会話を完遂した上に明日からもあの子と話せることがうれしかった。
これが彼女と私の出会いだった。
一人ぼっち同士で
緊張の初対面も終わり、数日が経過した。
消しゴムで出来た縁の不思議な関係は継続中。
そのうち、お互いに友達も居なかったこともあって一緒にいるようになった。
とはいっても、教室から動かないで話してるだけだけど。
ある日、彼女は私に消しゴムのお返しとして、ルーズリーフの紙を貸してくれるようになった。
私がよくノートを忘れるからお返しとのこと。
値段的には倍以上違うものの交換だったが、何故だが彼女と対等になれた気がしてうれしい。
しかし、すぐにその格差に気が付く。
彼女の渡すルーズリーフには、穴がない。
普通の紙。
そういうこともあるかと思って鉛筆を走らせると、その時点で分かる高級紙の感触。
まるで肌の上に書いているかの様だった。
こんな高級なものを当たり前のように貸してくれるなんて!
貸してくれた以上に、借りたものの値段を考えて怖くなった。
それと同時に、今まで彼女のことは全く知らなかったけど、持っているものや普段の服装から金を持っている雰囲気が漂っていた。
貧乏で同じ服を着まわしている私とは、纏っている者が違う。
そのことに気が付いてから、私は彼女と友達になった気でいたけど彼女のことを何一つ知らないということを知った。
元からわかっていた純然たる事実が、私の心臓を貫く。
そんな彼女がある日、普段の買い物はどこに行ってるのか聞いてきた。
私が貸した消しゴムは、近くの文房具屋には売ってない珍しい消しゴムだったので気になったとのこと。
「ねぇ、どこに売ってたの?今度同じの買いたいんだ!」
「でも……結構遠いよ……」
「あっ!そうなんだ、じゃあアタシ迷っちゃうから今度連れてってよ!」
「えっ……?僕が、案内するの?」
「いやだったら、アタシ一人で行くよ……」
「いや!大丈夫、僕が案内するよ」
「じゃあ今度の土曜日ね!学校の前で待ち合わせ!約束だよ!」
そういって彼女は笑った。
彼女の笑顔があまりにも素敵だったのでつられて笑った。
そうして、今度の休日にお出かけの予定が入った私。
だが内心は非常に焦っていた。
なにせ、休日に友達と出かけること自体が数年ぶり。
最後に友達と遊んだのは幼稚園の頃だった、しかも親同伴。
もはや、おぼろげな記憶の先にしかその経験がない。
だから休日に出かけるだけで冷や汗が出た。
それが思春期に入った女性となると、その緊張もひとしお。
しかし自分から約束を了解した以上、緊張に負けている場合ではない。
日ごろ、緊張で学校を休んだりしていた自分との決別が必要だ。
とにかく、私は自ら未経験の領域に踏み込んだ。
幼いとはいえ、メンツはある。
まずは身だしなみを何とかしようとした。
中身と同等に見た目は大事だからだ。
何とかしようと、パソコンで服装や髪型について調べることに。
早速検索してみると、たくさんの情報があふれていた。
そこでは私の知らない言葉や考え方がそこでは当たり前のように語られている。
普段は、ジャージとGパンの組み合わせしか来ていなかった私にとって衝撃的だった。
調べていくうちにある程度、家にある服で組み合わせれば恥ずかしい格好にならないとわかり一安心。
その次は言葉遣いや話すべき話題について調べた。
いくら目的が消しゴムを買うだけとは言え、道中その話だけをしているわけにはいかない。
調べてみると、お互い共通点がある話題がいいとのこと。
学校やクラスのことについて話せばいいか、それとも休日に何をしているのか聞けばいいのか。
迷ったが、道中長いので二つとも聞くことにした。
不安は残るものの準備を終えた。
当日、待ち合わせ場所の交差点に向かった。
遅れるのが嫌なので待ち合わせ時間より15分ほど早く到着する予定、とhに伝える予定。
実は、居ても立っても居られないってのが本音。
交差点が見える道に入ると、すでに彼女が待っていた。
Gパンに黒のタートルネック、茶色のレザージャケットを着て、耳には金色のイヤリングまでつけている。
学校で着ているワイシャツとスカートのファッションからは想像もできないほど、大人な彼女だった。
私に気が付いた彼女は学校の時と変わらない明るさで手を振っている。
ワイシャツにGパンの私は手を振り返したものの、服装でわかる格に気後れしていた。
「タンナ君!おはよう!」
「おはよう、いい天気でよかった!」
「うん!すっごく楽しみで早く来ちゃった!」
「僕も、遅れると悪いから早く来たつもりだったんだけど……先を越されちゃった」
二人して緊張していたという事実が、二人の仲を急速に深めた。
しばらく何を話すわけでもなく、お互いニコニコしていた。
学校とは違う二人の服装に戸惑っていたのかもしれない。
そのままずっと時間が止まっててほしいが、我々には目的があった。
「じゃ……ちょっと遠いから歩き出そうか」
「オッケー!タンナ君が案内してね!アタシついていくから!」
そうして二人はのんびりと歩き出す。
私たちの休日が始まった。
大人な彼女の子供な部分
休日が始まったは良いものの、想定外の事態。
なにせ、hのおしゃべりが止まらない。
歩き出して一時間というのにずっと話をしている。
家族の話や、好きな趣味の話、特に歴史の話は相当熱が入っていて私の反応が悪いと一度立ち止まってまで話をしていた。
聞いていて楽しいが、どういう反応をしていいか分からない。
彼女の話に対する私の知識は皆無に等しい。
だから、どういう相槌・リアクションをするべきなのか判断に困っていた。
とりあえず適当に「なるほど」「へぇ~そうなんだ、知らなかった!」「そんなこと知らなかったよ!」など、だれにでも言える返答でお茶を濁していた。
ただ、返答に困っていただけで聞いている話は楽しかった。
なにより、彼女がこんなに笑って話しているのがうれしい。
既に歩き始めてから一時間。
本来ならお店に到着している時間だが、彼女のおしゃべりを聞いていたら道を間違ったりして時間が延び延びになっていた。
私としてはずっとこの時間が続けばいいと思っていた。
その後は、h選考の好きな本ベスト3についての解説を聞いている内にお店に到着した。
「話の途中でごめんね、ここが文房具屋さんだよ」
「へぇ~、素敵なお店!でも、あっという間についちゃったね!」
「そうだね、でも帰りのことを考えるともいい感じの時間だよ」
「確かに!タンナ君って冷静なんだね~」
「……ありがとう、じゃあお店に入ろうか」
そう言って私は先頭を歩いた。
私にとっては見慣れた文房具屋だが、彼女は初めて来たらしくはしゃぎながら筆記用具を眺めていた。
そして手に取った買い物かごに次々と気に入った文房具を放り込む。
やはり金持ちなんだな、と実感。
ボールペン一つとっても買うのに長考する私とは大違いだ。
ショッピングを楽しんでいると、私と彼女の関係性に大きくかかわったキャラクターのコーナーに入っていた。
そして私が買った消しゴムを手に取った彼女は微笑んでそれを私に見せた。
「これ!アタシとタンナの始まり!」
「うん!そうだね、それが無かったら今も話さなかったかもね~」
「確かに……」
そうつぶやいた彼女の顔を見ると微笑の中に影ができていた。
しまった!
傷つけてしまった!
理由は分からないけど!
焦った私はどうにかして話題を変えようと、キャラクターの書かれたペンを手にして彼女の方を見た。
「ねぇせっかくだから、一緒に新しいペン買おうよ!」
「えっ……うん!そうしよ!」
彼女の顔から影が消えた。
一安心したと同時に、彼女の気の強さは生来のものではないと知った。
その後、文房具店を一通り見てキャラクターの書かれたボールペンを一緒に買った。
色は緑色。
学校で使えるようなものは選ばなかった、二人一緒のものを使ってたら冷やかしを受けると思ったから。
帰り道
思わぬ出費があったものの買い物は大成功。
実は初めて一人でお店に行く経験だったから緊張しっぱなし。
しかも気になっているhさんと一緒。
二つの試練を乗り越えた私は不思議な高揚感に包まれていた。
夕日に照らされながら、彼女と一緒に帰路につく。
行きの道は彼女が話しっぱなしだったが、帰りは二人で一緒に会話ができるようになっていた。
お気に入りのキャラクターや、好きな食べ物について話し合った。
それまでは学校で一緒にいる人だったのが、一気に距離が近づいた。
流石に彼女に話題を振られっぱなしだったので、私も話題を振ることにした。
わざわざパソコンで調べた共通点のある話題だ。
「学校のことどう思う?」
「……う~ん、あんまりいい雰囲気じゃないよね」
「僕もそう思ってた、だからしょっちゅう学校をずる休みしてるんだ」
「そっかぁ、アタシもたまにずる休みしたいけど、親が厳しくてね~」
「へぇ~知らなかったな、もしかして結構お金持ち?」
「うん、みんなには内緒だよ……」
彼女はそういうと両手で私の両腕を掴んでまっすぐ見た。
夕日をバックに口元を緩ませながら睨む彼女は、この世のものとは思えないほど妖艶だった。
その雰囲気に圧倒された私は首を縦に振ることしかできなかった。
私の頷きを見た彼女は、笑って手を離す。
意外と力が強くて驚いた、腕の血が止まって少しひりつく。
ただ、痛いけど、ずっと握っていてほしい気持ちもあった。
そんな私の気持ちを知らずに彼女は話し続けた。
どうやらお金持ちではあるものの、その分厳しい教育を受けていて心休まる時間はないとのこと。
更に、本来であれば塾通いをしないといけないが、学校の成績でオール5を取っていたので何とか免除されている状態らしい。
家がそんな状態だから学校ぐらい自分の表現したかったが、クラスがあんな状態なので学校すら安心できなくなってしまった、と彼女の想いを語ってくれた。
そして最後に吐き捨てるようにこう呟いた。
「ホント私って何もできないんだよね……」
私は彼女の想いを聞いていくうちに自分の意見が沸き上がるのを感じた。
「でも、hさんと友達になれた僕は幸せだよ」
気が付いたら口からそう言葉が出ていた。
彼女は驚いていた、それ以上に私も驚いていた。
しばしの無言のあと、彼女は微笑んだ。
また彼女が何か言おうとしたので、急いでさっきの発言に付け加えた。
「hさんと話すようになってから僕は一度も休んだことないよ」
「hさんと出会わなかったら、絶対今もずる休みを続けてた」
「ずる休みをしていた奴がそれを辞めた。これって、何かをしたことになりませんか?」
心臓の激しい鼓動と感情に任せて単語を紡ぎ続けた。
話し終えた後、自分の連続した発言に恥ずかしくなって黙ってしまった。
彼女の方を見ると微笑んでいた。
「初めて名前呼んでくれたね、ありがと」
そう言われた瞬間、自分が今まで彼女の名前を呼んだことがない事実に気が付いた。
慌ててモゴモゴしていると、その様子を見た彼女は声を上げて笑った。
未体験の感情と未発見の事実、そして笑う彼女。
まだ働いてもない私の脳は許容できる情報を超えて完全にフリーズ。
彼女はそんな私に気を使ったのか、それから好きなアニメの話を別れる場所まで続けていた。
そして別の道に行く直前に
「ねぇ!わたしもタンナと友達になって幸せだよ、じゃあまた明後日ね!」
そう言って手を振りながら走り去った。
私はしばらく立ち尽くし、通りかかったおじいさんに「大丈夫ですか?」話しかけられてようやく元に戻った。
自分の家に帰る道を一歩一歩踏みしめながら帰った。
彼女と自分との間に何か大きなことが起きていることが分かった。
変化を起こす!
一緒に買いものに行ってからというものの、今まであった緊張感というか壁がない。
2人で話すことにいい意味で気遣いが無くなって、素の自分でいられることに気が付いた。
思春期真っただ中の年代にしてはかなり珍しい二人組だったと思う。
買い物に行ってからの大きな変化だ。
一方で、私たちのクラスの環境も大きく変わり始めた。
グループ間で大きな喧嘩があり冷戦状態に、それが何日も続いた。
いったん騒動は収まったものの、争いは収まらずグループ内の分裂騒動に至る。
流石に、グループの動きについていけなくなった人たちが少人数のグループを作り始め、そのうちの何人かが私たちの近くにいるようになった。
恐らく、集団の中で何かを演じることにつかれた人たちなんだろう。
いつの間にか、私たちと話すようになっていたことからもそれは分かる。
役割を探そうとしないその姿勢は時に嫌われがちだけど、私とhの二人ならそれが許される。
なぜなら、それをしてこなかった二人だから。
そうした雰囲気は近くに来る人たちを変えていって、いつの間にか人が増加。
こうして「一人ぼっち同士の二人」から「何も演じなくていい集団」となっていった。
ただ、それだけたくさんの人と一緒になると、どうしても一人一人と会話ができる時間は減る。
私とhの会話は日に日に減少。
ただ、寂しくはなかった。
他に大勢、人がいたから。
そんなのんびりグループも時間がたつにつれて、徐々に男女の壁ができていった。
気が付いたら男女別でのんびりグループに分裂。
ただ、クラス全体としての雰囲気はいい感じになって、学年でも有名なクラスとなった。
誰か一人の影響でこうなったわけじゃない。
公には言わないが、みんなが陰で褒めてくれたのは「タンナとhの二人からこれが始まったんだよね」とほめてくれた。
最初は一人ぼっち同士の二人だったのに。
このころにはhと私だけで会話をすることはなくなっていたが、二人で成し遂げた自慢できる唯一の出来事となった。
どうしてわかるかというと、クラスの雰囲気がほめられるたびにhの方を見ると、決まって私のことを見ていたからだ。
卒業と卒業してから
そうこうしている内に卒業を迎えることになった。
仲良しクラスは解散となる。
それが少し寂しかったが、それ以上に寂しかったのはhとの別れだ。
私は地元を離れることが決定していたし、hもいよいよ勉強漬けの日々を送ることが決定していた。
塾以上に課外活動に力を費やすとのこと。
当然、一緒に遊んだりすることはなくなるだろう。
2人だけで会話することもない。
完全に別々の道。
寂しくてしょうがなかったが、仕方のないことだと諦めていた。
諦めていたからこそ、hに話しかけなかった。
話しかけたら、諦めたくなくなるから。
そうして迎えた卒業式。
特別何の変りもなく、別れの時は水のように流れていった。
卒業式が終わり、流れゆく水に何とか粘度を持たせようとみんなで教室にたむろっているとhから久々に話しかけられた。
「タンナ!借りてたもの返す!」
既に何を貸したのか忘れていた私は見覚えがないと言った顔をした。
そのまま案内されるままに廊下に出て、人目につかない場所へと誘導された。
何事かとドキドキしている私と向かい合って笑ったh。
「はい!手を出して!」
言われるがまま私が手を出すとコロンと消しゴムが彼女の手から落とされた。
「あの時はありがとうね!」
そう言って消しゴムを持った私の手と無理やり握手をした。
そういえば最初の関係性は私が消しゴムを貸したことが始まりだったのか。
すっかり忘れていた。
「あぁ、hさんに貸してた消しゴム!忘れてたなぁ!」
「ひっどい!でも、借りたものはもう使っちゃったから新しいの買って来たの!」
「わざわざありがと、そういえばhさんはこのキャラクター好きだったんだよね?」
「いや、アタシそのキャラクター、消しゴムで初めて知ってたんだ!」
その後、今後の話を少ししてみんなの元に帰ることに。
私が出ていこうとしたときhが「大人になったらまた会おうね!」と言った。
私も「うん、また会おうね」と約束した。
「じゃあ忘れない様にさ!今日渡した消しゴムを使わないで持っててよ!」
「せっかくもらったのに?!まぁいいけど」
「守ってね約束だよ!」
そう言って彼女は走ってクラスに戻っていった。
これが彼女との最後の会話だった。
消しゴムケースの中
その後、私は進学してからというものmほとんど彼女との接点はない。
時折あった旧友との会話の中で、彼女も忙しそうとの噂をたまに聞いたりした。
そんな噂を聞くと、決まって彼女との思い出を振り返る。
消しゴムの貸し借りからよくぞあそこまで関係を深めていったもんだ、と自分の好意を賞賛していた。
ただ、彼女には与えられっぱなしだったと大人になってから後悔していた。
彼女に与えられたもので一番有益だったのは「変化」だ。
緊張しいで人と関わることを避けていた自分が、最終的に集団の一人となれたのは間違いなく彼女のおかげ。
人生に「もし……」はないとはいえ、暇つぶしに彼女と会わなかったら、もし席が違ったらと考える。
どういう人生になったかは分からないけど、今まで経験してきたことを考えると、あの時に仏心を出して消しゴムを貸してよかったと思う。
時には自分の心に浮かんだものを頼りに行動してみるもんだ。
その後、いろいろなことがあって地元を離れて仕事をしていた。
たが、働きだして五年になる年に父が鬼箱に入籍。
それを機に退職して実家へと帰還。
その後は有給休暇を消化しつつ、父が亡くなり広くなった家に住んでいた。
仕事こそないものの、次の仕事のためにスキルアップをすべく様々な書籍を読み漁っていた。
仕事もなく充実した読書生活を送ることの喜びに身を浸しつつ、確実に衰えていく体。
さすがに動かな過ぎて、体中に痛みを感じるようになった。
運動不足解消のために年末の街を歩いていた。
地元の連中は県外で仕事をしたり家庭を持ったりしているので、遊びに出かけるような友達はいない。
一人寂しく散歩をしていると、昔とは変わった街並みを実感する。
変化に怯えながらも歩みは止めない。
そして数少ない喫煙所に到着して一服をしていた。
先客に金をもってそうな女性が細い煙草を咥えていた。
その人と離れた場所で煙草を吸った。
すると、運動不足の私には散歩すらきつかったのか、足がプルプルと震え出した。
自身の情けなさに苦笑していると女性がこっちを見ていた。
そりゃ、いい年した男が震えながら煙草に火をつけてるんだから怖いよな。
そう思って火を消して立ち去ろうとした。
「ねぇ、タンナ君?」
私の名前を呼びかけられたので振り向くとその女性だった。
「覚えてる?hだよ!」
すっかり大人になった彼女と喫煙所で再開した。
驚きのあまり、せき込んでしまった。
すると彼女は笑った。
若かったころとは違う、渋みと深い悲しみの表情が感じられる笑顔だった。
よく見ると、しわや目の下の隈ができている。
かく言う私もひげを生やして目の下に隈がある。
お互い年を取ったということを顔から感じ取る。
せき込みも収まり、ようやくまともに話せるようになった私は「まさか、地元にいると思わなかった!」と話しかけた。
彼女は一度県外に進学してしばらく仕事をしていたが、父の立場を継ぐために今は修行中とのこと。
それを話している間の彼女の表情はどこか憂いや悲しみを持っていた。
お互い大人になったと過ぎ去った時間をかみしめていると、唐突に質問をしてきた。
「ねぇ、あの時渡した消しゴム持ってる?」
「あぁ、たしかまだ机の中にあると思うけど……どうして?」
「やっぱり~!使ってないんだね!律儀な男だな~」
「約束だからね、ちゃんと守るよ」
「いいやつ~!もっと嫌な男になってるかと思った!まぁ帰ったら消しゴムのケース外してごらん」
「分かった~」
「……じゃあ私行くね!毎週この曜日のこの時間にいるから寂しくなったらまたここに来なよ!」
そう言って彼女は手を振りながら去っていった。
大人になった彼女、姿かたちこそ変わっていたけど、手の振り方は変わっていなかった。
しばらく煙草を吸って、感傷に浸りつつ限界を迎えた足で帰宅した。
食事を終えて、風呂に入り、酒を飲んでいた。
いつもと変わらない夜を過ごしていると、急に昼間あった彼女の言葉を思い出した。
消しゴム。
あれ以降無くさないようにと机に引き出しにしまってあった。
およそ十何年ぶりに消しゴムを取り出した。
風や空気に晒されていなかったからか、私と彼女と違って見た目の変化はない。
言われていた消しゴムのケースを外した。
すると、ケースで隠れていた部分に緑色のボールペンでハートマークが書いてある。
ハートの中には「ありがとう、ずっと友達だよ」と書いてあった。
十数年の時を超えて友達宣言が私に届いた。
その事実がうれしい。
こうして私のスケジュール帳に、毎週水曜日の昼にあの喫煙所に向かう予定が入ることとなった。